エグゼクティブ・コーチングとは何か? HINT

エグゼクティブ・コーチングとは何か?

エグゼクティブ・コーチングとは何か?

エグゼクティブ・コーチを使う経営者は増えている

マイクロソフトのビル・ゲイツ、アップルのスティーブ・ジョブズ、アマゾン・ドットコムのジェフ・ベゾス、フェイスブック(メタ)のシェリル・サンドバーグなど、誰もが知る偉大な経営者がエグゼクティブ・コーチを使っていることはよく知られています(※1)。

公言する人がまだ多くはありませんが、日本国内でエグゼクティブ・コーチを使っている経営者も急速に増えています。すでに経営者として成功している人にどうしてコーチが必要なのだろう、と感じる人もいるはずです。ここで整理してみましょう。

私達には「認知の限界」がある

私達は、どんなに頑張っても世界の全てを知ることはできません。世界は膨大な情報に溢れ、かつ刻々と変化し続けています。情報の量とスピードは、私達の認知を遙かに超えています。私達が「知っている」ことは世界のほんの一部に過ぎないのです。

加えて、「知っている」と思っていることであっても、それが全て本当に正しいかどうかはわかりません。私達は「○○とはこういうものだ」「○○はもう知っている」と、すでに正しいと強く認識していることを疑おうとしない傾向があります。これは脳のエネルギーを省力化しようとするためだと言われています。

図1の「認知1」は私達が現実の一部分しか認識できていないことをイメージで表したものです。「認知1」のような「認知の限界」は、どれほど優れた経営者であっても避けることはできません。

私達は毎日35,000回の「質問」をしている

そして、私達の「認知の限界」に大きな影響を与えているものの1つが「質問」です。普段、あなたが最も多く質問をする相手は誰でしょうか。それはあなた自身です。

たとえば、夜眠る前に「明日は何時に起きればいいかな?」と自分に質問し、目覚まし時計をかけて寝ます。そして、朝になると「今日の天気はどうかな?」と自分に質問して、スマホで天気予報をチェックします。「気温はどのくらいかな?」「今日は誰に会う日だっけ?」「靴はどれにしようか?」「歯磨き粉のストックはあったかな?」「うちの子は昨日の宿題やったのかな?」「テレビのリモンはどこ?」「今日はどのジャムを使おうか?」と、朝起きてからわずか数十分の間でも非常に多くの質問をしています。ほとんどは無意識のうちに行われます。

「私は自分に質問をしている」と意識していることはあまりないでしょう。ですが、このように考えると「あらゆる行動の前には質問がある」と言っても過言ではありません。「今月の売上はどのくらいになりそうかな?」、「あと3ヶ月で何をすれば目標を達成できるだろうか?」「来週の役員会議の議題は何だっただろうか?」と、仕事の中でもたくさんの質問を自分に投げかけています。

ある研究によると、私達は1日に35,000回もこのような質問をしながら行動を決めているそうです(※2)。

「認知の限界」は質問の「偏り」から

ところで、ここでとても興味深いことがあります。それは、人は誰でも質問の作り方に独自の「癖」があるということです。質問の作り方の「癖」は、質問そのものに偏りを生じさせます。その偏った質問が私達の認知の限界をつくるのです。

私達がつくる質問の多くは「疑問詞」と「キーワード」の組み合わせで成り立っています。「疑問詞」とは「なに」「なぜ」「どのように」「だれ」「いつ」「どこ」のように、いわゆる5W1Hで代表されるものを指します(※3)。人は誰でも、その人が使う「疑問詞」には癖があり「偏り」があります。あなたの周りにも「なぜ」や「どうして」ばかり使う人、あるいは「どうすれば」や「どのように」ばかり使う人がいるはずです。

そして疑問詞と共に質問を構成する「キーワード」とは、「売上」「目標」「役員会議」のように、質問の核となる言葉です。特に普段から意識を向けているものが「キーワード」となりやすいため、私達が使うキーワードは「売上」「顧客」「会議」・・・と、ある範囲に限定される傾向があります。このように、「疑問詞」と「キーワード」のいずれも偏りがある結果、「疑問詞」×「キーワード」で生まれる質問には人によって大きく異なる「偏り」が生じるのです。

私達は質問していないところについて考えることはできません。そのため、質問の「偏り」は、認知の限界をつくる原因となるのです。

エグゼクティブ・コーチは「あなたが持っていない質問」をする

もしあなたが専任のエグゼクティブ・コーチをつけたなら、エグゼクティブ・コーチがあなたとの1対1のセッションで行うことは2つあります。

1つ目は、あなたが自分自身にどのような質問をする傾向があるのか、あなたの質問傾向を見抜くこと。2つ目は、あなたが自分自身には普段投げかけていない質問をすることです。

コーチングによって、見えなかったものが見えるようになる

たとえば、あなたが経営者だとします。普段あなたは「コーポレートガバナンス」や「投資家との対話」、あるいは「取締役会での議題」、「今期の業績」といったことに強く意識を向けています。一方、エンゲージメントサーベイの結果は優れず、新入社員の離職率もじわじわと高まっていることも気になっています。

そのようなある日、エグゼクティブ・コーチとのセッションの中で、コーチから「社員の成長」に関する質問を受けたとします。たとえば、こういった質問です。「あなたが社員の成長について考える時間は全体の何%くらいですか?」「現在の管理職の選考基準は社員の成長とどのような関係にありますか?」「あなたが社員の成長以上に大切にしていることはどんなことですか?」。いずれもシンプルな質問ですがエグゼクティブ・コーチは常に、目の前のクライアントが持ち合わせていない質問を個別対応で投げかけようとするのです。

エグゼクティブ・コーチとのセッションで「社員の成長」について少し意識を向けたあなたは、自宅で夕刊を開くと「人材開発」の記事が目にとまりました。次の日に本屋に行くと「人的資本経営」に関する本に手を伸ばしました。人材開発に関する記事は以前から新聞に何度も掲載されていましたし、よく行く本屋の入口には人的資本経営のコーナーが以前からありました。しかし、見えてはいませんでした。

「見える」ようになったのは、あなたに「社員の成長」に関する質問のいくつかが内在化されたからだと考えられます。これが「見えないものが見えるようになる」という現象です。「社員の成長」についての意識が変化したあなたは、「社員の成長」について他の役員の意見を聞いてみようと思うかもしれません。また、他社の経営者の話を聞きに行くかもしれません。

このようにしてあなたは徐々に「社員の成長」についての知識や視点を獲得し、新たな認知を獲得するのです。このことをイメージで表したのが図1の認知2です。(本来は単純に大きくなるわけではありませんが、ここでは円を拡大することによって認知1と認知2の違いを表現しています)

図1

経営者が変わると組織が変わる

先ほどの例え話を続けます。次に、見えなかったものが見えてきたあなたが、経営会議などでこれまでは異なる意思決定を行うようになったとしても不思議ではありません。「社員の成長」について考え、本を読み、人と対話しながら過ごしてきたあなたの考え方や意思決定に変化が訪れるのは当然のことと言えるでしょう。あなたが経営者なら、会社全体に大きな影響があるあなたの変化は、会社全体を変化させる力があります。

図2のように、エグゼクティブ・コーチングのクライアントであるあなたの内的な変化(他者からは目に見えないあなたの意識や知識、考え方の変化)は、あなたの外的な変化(他者から目に見えるあなたの変化。会議で発言、意思決定の方法など)となって、組織を構成するメンバーに影響を与え始めます。そしてあなたの外的な変化が組織のメンバーの内的な変化となり、最終的にはメンバーの外的な変化(組織の行動変容)へと繋がるのです。エグゼクティブ・コーチングは経営者「個人」に限定したアプローチのようにも見えますが、実はその先の「組織の変化」を実現するものなのです。

図2

参考)

※1 : ダイヤモンド社『ハーバード・ビジネス・レビュー』「これからのリーダーとは優れたコーチである」(2022.11.04)

※2 : Dr. Joel Hoomans, 35,000 Decisions: The Great Choices of Strategic Leaders
https://go.roberts.edu/leadingedge/the-great-choices-of-strategic-leaders

※3 : これはOpen-ended questions(オープン・クエスチョン)と呼ばれます。ここでは取り上げていませんが、質問はOpen-ended questions とClose-ended questions(クローズド・クエスチョン)に大別されます。Close-ended questionsは、答えがYesまたはNoで答えられる質問のことを指します。