バイアス、という言葉があります。
日本語に訳すと「偏見」ですが、それだとちょっと重たい。私のイメージはもう少し軽くて、「思い込み」とか「決めつけ」という感じがしっくりきます。
人間は誰でも、このバイアスと無縁ではいられません。それはエグゼクティブコーチも同じです。
前回のエグゼクティブコーチングのセッションの続きを話したいだろうと思い込んでセッションを開始してしまったり、セッション前にクライアントの会社の株価が上昇しているニュースを目にしたら「今日は機嫌が良いだろう」と思ってしまったり。いつの間にか、たとえ無意識でも「こうだろう」「こうに違いない」と感じる時はバイアスが働いています。
それで何度か失敗した経験もあるので、セッション中も自分のバイアスに対してアンテナを張るようにしています。「あれ、いまバイアスを持っているんじゃないか」と気が付けば、瞬時に方向転換できるのです。
半身は宙を漂う感覚
とはいえ、どれほど意識しようともバイアスをゼロにすることは不可能。何かを考えれば過去の経験や自分の信念に影響を受け、バイアスは生じてしまうのです。
大切なのは、「自分は常に何かバイアスを持っているものだ」という前提をしっかり自覚したうえで、そこに敏感になることです。そのコツは、意外にもセッションに“集中しすぎない”ことなのです。
たとえば「株価が上がっている=業績が好調=クライアントも嬉しいはず」というバイアスを強く持っていると、クライアントがふと言いよどむ言葉があったり、表情を曇らせることがあったしても、その一瞬に気付くことなくセッションを進めてしまうかもしれません。
バイアスに引っ張られてコーチの方が勝手にセッションで扱うべきテーマを定め、そこをぐいぐいと掘り下げてしまうと、本来コーチングで拾うべき重要なサインを見落としてしまうのです。
それを防ぐために、私たちは、エグゼクティブコーチングのセッションで対話に自分の意識の半分を向けつつも、残りの半分の意識は宙を漂って、今自分がどんな姿勢で、どんな表情で、どんな声で、クライアントと対話しているかを感じるようにしています。
宙を漂うほうの自分は、今起こっていることを少し批判的に見る自分。このコーチ(自分)はどんな質問を発しているのか、その質問はクライアントに有効に機能しているか、質問が偏っていないか、質問の後ろに持つべきではないバイアスが隠れていないかを観察しているような感覚を大切にしています。
そして、前のめりになって、コーチ(自分)が熱くなっているような時ほど、「ちょっと待てよ」と危険信号を出して、軌道修正をするようにしています。
AIの活用ガバイアスをあぶりだす
もうひとつ、バイアスとうまく付き合うために取り入れているもの、それがGhatGPTのような生成AIです。
たとえば、「組織風土」をテーマとしたエグゼクティブ・コーチングのセッションを行うとしたら、まず自分で組織風土に関する質問を20個ほど作ってみます。そして「これらの質問以外で、組織風土に関する質問を20個」作るように指示をします。自分が作った質問とあまり変わらないようなら、出てきた質問を見ながら「他には?」「他には?」と繰り返すと良いでしょう。すると、次第に「へえ」と思うような、自分で考えていたら出てこない質問が出てくることがあります。
その時、バイアスによって見落とした領域があったことに気付くのです。自分が作った質問集についての偏りについて尋ねてみたり、複数のキーワードからの質問作成を指示したり、質問を分類して表にしたりと、まるでコーチング力を鍛える質問道場のようなことが次々と手元でできてしまいます。
どれほどバイアスに対して敏感であろうとしていても、生成AIと向き合っていると「自分はこんなバイアスを持っていたのか」と発見が多く、面白いものです。
数年前に、「AIにコーチができるか」という議論がありましたが、少なくとも生成AIが登場したことで、誰でもコーチングの効果を上げやすくなったでしょう。生成AIをもっとうまく使うことができたら、人間が行うエグゼクティブ・コーチングの価値をさらに高めることができると考えています。